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海外留学

お子様を海外留学に向ける決定打 #8

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第5章 錦織圭選手に学ぶ海外テニス留学と英語

錦織圭選手の英語上達の秘密とは?

錦織選手のテニスの才能もさることながら、日本人として気になるのは彼の英語力。試合後のプレカンファレンスにも流ちょうな英語で対応しているのがとても印象的です。彼は幼少期からテニス漬けの中で、小学校3年生にはすでに英語を学び始めていました。自分は将来プロテニスプレーヤーになるのだという夢を持っていた錦織選手は大人に混じって英語を習い始めました。

日本のジュニアの大会で、優勝を積み重ねた錦織選手は、アメリカのIMGテニスアカデミーにスカウトを受け、13歳の時に渡米します。IMGテニスアカデミーは世界各国からエリート選手を集めて育成を行っており、所属している選手たちは言語も人種も違う中で、テニスのトレーニングに励みます。

錦織選手が英語を話せるようになった理由

錦織選手には同じアカデミー内にフィリップ・ベスタ―というカナダ人選手の友人ができました。ベスタ―選手とはルームメートでもあり、トレーニングから練習まで時間を共にすることが増えてきました。もちろんコーチとの会話も英語です。当初は英語を聞き取れなかったとしても、ジェスチャーや指示などで相手の言わんとしていることを汲み取るくみ取ることができたはずです。彼のテニスが上達したように、何事も数をこなせば上達するもの。一つ一つの会話を繰り返していく中で、会話に必要な耳と、言葉が彼に育ってきたことがあげられます。彼とともに渡米した日本人強化選手は、日本に帰国してしまい、彼は日本人一人で世界各国から来ているジュニア選手たちと時間を過ごしていました。周りに日本人がいなかったため、彼には日本語を話す機会がありませんでした。甘える環境がなかったのです。英語でコミュニケーションをとらない限り、コーチとの意思疎通も図らなければ、実技以外の部分でテニスも上達できない。そんな環境に自ら身を置いていました。テニス上達への意志が、自然と英会話への苦を上回っていたのかもしれません。錦織選手は、13歳で渡米したため、日本での英語教育をほとんど受けていないでしょう。そのまっさらな状態で、諸外国の選手たちと会話を重ねることで、聞こえてくるのは自然と会話に必要な英語のみです。話すことにためらっている場合ではありませんでした。
周りには日本人もいなければ、日本の文化もない中で、一人で過ごしてきた彼の精神力は並大抵のものではないでしょう。15歳でホームシックを経験してから、もしかしたら彼は帰国することもできたのかもしれません。しかし彼は厳しいライバル争いの中を生き残り、今の地位を築く第一歩をつかみ取るまでに成長しました。

「長く海外に入れば話せるようになるのは当たり前」という言葉を聞きますが、留学してもそこで日本人のコミュニティにずっといれば英語が話せるようになることはないでしょう。話す機会があったとしても、恥ずかしい気持ちや、間違ったていたらどうしよう、という想いが先行してしまい、どうしてもオープンになれない場合が多いのではないでしょうか?

錦織選手にとって、「英語」はテニスを上達させるために必要な手段でした。「もっとテニスを上達させたい」その想いが、15歳の彼を異文化の中に飛び込ませ、英語を学ばせたのではないでしょうか?

海外の学校に留学した時、「サッカーで活躍したら周りが自分に興味を持ってくれて、途端に親しく接してくれるようになった」ということをよく聞きます。私自身も全く同じ経験があります。このようにスポーツは短時間で異文化の相手との距離をぐっと縮められる場になります。

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